« 眼瞼下垂症手術と私(4) | トップページ | 眼瞼下垂症手術と私(6) »

眼瞼下垂症手術と私(5)

2年間の研修を終えて、私は現在も京都で活躍されている冨士森先生の下で勉強することになりました。当時は冨士森先生も現在にもましてお元気で、非常に数多くの手術を精力的に行っていました。2つの手術台を平行して使って、全身麻酔の手術を1日8例とか、朝から晩まで局所麻酔の手術を20例とかいう状態でしたから、短期間でさまざまな手術を学ぶことができました。

典型的な眼瞼下垂の手術は多くはありませんでしたが、その反面、義眼で変形した瞼の再建とか、やけどやあざで切り取った瞼を植皮で治すといったさまざまな技法を学ぶことができました。

大腿筋膜を使った吊り上げ術をはじめて教えていただいたのも、冨士森形成時代です。手術に使う筋膜をどのように取り出したらよいか分からず、太ももの辺りに切開線のマーキングをしたら、膝の上に開けた小さな穴から取り出すのだと怒られたり、筋膜の端を眉の上に出したまま手術を終えて、1週間後に『増し締め』をするとか、教科書に書いてないさまざまなことを教えていただいたことが、つい昨日のことのように思い出されます。

眼瞼下垂とは直接の関係はありませんが、顔面神経麻痺で瞼が下がった患者さんには眉の吊り上げをしたり、凹んだ瞼に脂肪注入をしたりと瞼の手術に関してはここでの経験が大変役に立っています。

私はその後、千石荘病院・岸和田市民病院で一人で手術を担当するようになりましたが、留学時代を含め、冨士森以降の数年間は眼瞼下垂の患者さんは少なく、先天性の患者さんが年に数人来る程度で、技術的進歩も大きいものではありませんでした。

|

« 眼瞼下垂症手術と私(4) | トップページ | 眼瞼下垂症手術と私(6) »

形成外科」カテゴリの記事