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眼瞼下垂症手術と私(3)

こうした経験をした上で、ようやく上の先生について実際の手術をさせてもらうわけですが、みるとやるとは大違い、はじめの2~3人の手術に関しては、当時の患者さんにお会いしたらお詫びしなければならないような腕前であったことは白状しなければなりません。

両眼の手術を行うとき、はじめに片方を上の先生が行い、私は反対側を同じように後追いしていくのですが、先輩が何気なく周囲の組織と分けて引っ張り出す筋肉が、私の側はなかなか見つけられなくて、ピンセットで探ってもはさみで切っても出血するばかりでどんどん視界が悪くなっていく、そんな胃の痛くなるような経験をしてしまったこともあります。

それでも、何度も繰り返して手術を見た経験は非常に有用で、結膜と筋肉のほんのわずかな色の差、光の差を見分けてその間をはさみで剥離していくと見事に瞼の筋肉がずるずると出てくるという感覚は感動的ですらあり、早くこの手術がうまくなりたいなあ、と思ったものでした。

このころは「腱膜性眼瞼下垂」という言葉はポピュラーではなく、そうしたものは押しなべて「老人性眼瞼下垂」と呼んでいました。こうした、後天性・老人性といわれる眼瞼下垂に対しては、挙筋腱膜のタッキングが簡単でよい方法であると野瀬先生に教わり、実際に、あまりきちんとした剥離をせずに3針ほど糸で留めるだけでパッチリと眼が開くのに感動したのもよく覚えています。

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