« 眼瞼下垂症手術と私(9) 再手術 | トップページ | 私はなぜマカーになったのか: Macintoshに出会うまで(2) »

私はなぜマカーになったのか: Macintoshに出会うまで(1)

 今クリニックで使っている電子カルテは、Windowsでなければ動かない。しかし、私は筋金入り(笑)のマカー(Mac使い)で、開業するまではWindowsを触ったこともなかった。

 もちろん私がコンピュータというものに初めて触れた30数年前には、Macというコンピュータはまだこの世界に登場しておらず、それどころかパソコン(パーソナルコンピュータ)という言葉すらなかった。(このあたりのことは、いずれ稿を改めて書くつもりだ。)

 学生が個人で買えるコンピュータといえば、プログラミングのできる関数電卓(いわゆるポケコン)か、自作のキットぐらいだった。個人で所有できるコンピュータは、ミニコンよりも更に小さいマイクロコンピュータという意味と、自分のという意味を兼ねてマイコンと呼ばれていた。
 そのころ京大にはマイコン部というのがあって(私は所属していなかったが)マイコン部の学生の中にはApple Ⅱを持っているものもいた。しかし当時の私には、アップルはまだ別世界の存在だった。

 日本においてパソコンの普及にもっとも大きな役割を果たしたのはNECの9801シリーズだと思う。私が最初に、真剣に買おうと思ったのもやはりPC98だった。
 しかし、私はいわずと知れたへそ曲がり。ベストセラーとか売れ筋と聞いただけで敬遠してしまうぐらい「はやり物」が嫌いである。(そのおかげでいらぬ苦労を背負い込んだ経験は数知れず)そのくせ新しい物好きだから、買おうと思ったのは、当時最新のPC98XAという機種だった。

 98XAは売れ筋の9801シリーズとは違い、ハイレゾモードといって画像解像度が段違いに細かく画面が非常にきれいだった。しかしその代償として、PC98なのに9801シリーズのソフトが使えない(専用ソフトが必要)という欠点を持っていた。
 当時、コンピュータのソフトは一つ一つがとんでもなく高額で、本体を買ったもののソフトが買えず「コンピュータ、ソフトなければただの箱」などという川柳を地で行くような人もいた。付属ソフトどころかOSも別売だったりして、ワープロだけにしか使えないPCとワープロ専用機とどちらが便利か、などという記事が雑誌に載るような時代だった。

 しかし、ハードは作れないがソフトは買えなければ作ればいいと考えていた私は、パソコン本体を買う前にまず解説書の類をどっさり買い込んで、コンピュータのハードウェア・ソフトウェアの勉強をはじめた。(じつは本体を買うには絶望的にお金が足りなかったのだ。当時のコンピュータは、まともに買えばソフト込みで小型車が一台買えてしまう位だったのだから。)

 当時Windowsはまだないから、98を動かすOSはMS-DOSだった。MS-DOS関係の本は隅から隅まで読んだ。(MSがマイクロソフトの意味だということはそのときに知ったが、そのころのマイクロソフトはまだ数あるソフトメーカーの一つに過ぎず、今のような隆盛は想像すらできなかった。)また、ハードウェアである98XAの技術解説書も手に入れて、UNIXもちょっとかじって、と一体本業は何?といいたくなるほど熱中した。

 でも、結局98XAを私は買わなかった。私が最初に買うことになるコンピュータは、それから数年後に登場するDynaBook。それまでは、不本意ながらコンピュータより格段に安いワープロ専用機を使っていた。ワープロについては、別に書くことにする。

|

« 眼瞼下垂症手術と私(9) 再手術 | トップページ | 私はなぜマカーになったのか: Macintoshに出会うまで(2) »

けんなの電脳生活」カテゴリの記事