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私がマカーになったわけ(4): System 7

 私がMacに期待したもう一つの理由は、多言語性であった。

 Macはアメリカ生まれのコンピュータでありながら、GUI (Graphic User Interface) と WYSIWIG (What You See Is What You Get:モニタ画面に表示されたのと同じように印刷できる) を標榜していたこともあってハードウェアに頼らずソフトウェアで様々な文字を画面に表示し、印刷することが可能であった。もちろん文字はすべてソフトウェアがビットマップで処理して画面表示するので、動作が重く、軽快なスクロールなどは無理だったが、そのかわりフォントファイルさえ用意すれば、アルファベット以外のアジア系言語でも問題なく表示できた。

 学生時代から私は様々な言語に興味があり、とりわけその頃は韓国語(ハングル)を独学していたから、韓国語を表示でき、可能ならば1つの文書の中で日本語と混在できるようなコンピュータが欲しかった。当時Macはもちろん韓国でも、それどころかチベットやインドでも使用され、それも英語ではなくその国の言語に準拠したシステムで動いていたから、それは可能であるように思われた。

 私が買ったⅡciには漢字トーク6.0.7というバージョンの日本語純正システムがインストールされており、FEP (Front End Processor)の2.1変換は使いにくかったものの、ATOK等も使えるので日本語使用には問題がなかった。(ただ、ソフトによっては2バイト文字の存在を想定していないため1バイトの英語システムでしか動作しないものがあり、そうしたソフトを使う際には再起動して英語システムに切り替える必要があった)

 また、裏技として、日本語システムの上に英語システムを上書きして、メニュー表示を英語にしてしまう(ファイル、編集 よりFile, Edit の方が格好良い!)とか、一部のシステムファイルを英語版のものに取り替えてハイブリッド化するといった方法が知られており、そうした面でもかなり柔軟性がありそうに思えた。

 一方、そのころようやく姿を現しつつあったWindowsの初期バージョンやMS-DOSでは、ドイツ語のウムラウト(アルファベットの上に点々)を表示することも非常に困難で、プリンタで印刷した紙に手書きで点々をうたねばならないような有様であった。

 それならば、このMacに韓国語システム(ハングルトーク)をインストールして、ハイブリッド化してしまえばよい。そう考えたのが、例に拠って苦労の始まりであった。

 調べてみると、同じことを考える人はいるもので、当時販売されていた唯一の日本製多言語ワープロであったAll Scriptは、使いたい言語のシステムをハイブリッド化することによって言語の混在を可能にするソフトらしかった。そこで問い合わせてみると、確かに「韓国語システムを用意していただければ」韓国語との混在は可能だという。

 ところが!ハングルシステムとハングルフォントを入手することがこんなに難しいとは。韓国人や在日の友人がいたわけでもなく、単に興味から独学で韓国語を勉強していただけだったので、入手先がまったくわからない。いろいろと聞きまわったあげく、シンガポールにあるアップルのアジア支社につたない英語で問い合わせてみると、確かに各国別のシステムはあるものの、それぞれのシステムはそれぞれの国内でのみ販売が許可されており、韓国語システムは韓国に行かなければ買えないという。それも当時韓国ではシステムのみの単独販売は行っておらず、もしハングルトークが欲しいなら、最低でも日本円で40万円ほどするマック本体(当時発売されていたMac Classic)と一緒に買う必要があるというのだ!

 これではたまらない。私は、やがて発売される「マルチリンガル」システムといわれるシステム7に期待することにした。

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