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わたしがマカーになったわけ(5):ハングルトーク

漢字トーク7は、アイコンのカラー化、マルチファインダの標準化、システムフォルダの階層化など様々な意欲的な新機能が取り込まれ、それ自体は画期的なOSであった。しかし、わたしが最も待ち望んでいた「多言語環境に対応したシステム」という機能は、当初のバージョン7.0では実現されず、相変わらず「韓国語と日本語が混在したワープロ文書を作りたい!」という希望はかなえられなかった。

ちょうどその頃、ソウルで形成外科の国際学会が開かれることになり、私はこのチャンスに何とかして韓国語のシステムを手に入れようと、実に不純な動機で韓国旅行を決行した。

まだまだ実用には程遠い片言の韓国語とこれまた片言の英語で、韓国でもあまりメジャーではないMacのそれも「別売は基本的にしていない」OSだけを安く買おうというのだから、まあそれなりの苦労はしたのだが、それはこの際おいておく。

結果として私は江南(カンナム)のコンピュータショップの片隅で「展示品」として置かれていたMacに付属する「ハングルトーク7」を、その店の店員からこっそりと10万ウォンほどで手に入れることができた。(この店員は、おまけにといって韓国語版クラリスワークスやナイサスライターなど、そのマックにインストールされていた数々のソフトもフロッピーにコピーしてくれたのだが… 彼もよく分かっていなかったのか、初期設定ファイルなど、正常に動作するのに必要なファイルがコピーされていなかったため、それらの「違法コピー」は結局日本では動かなかった)

入手経路はまあなんと言うかむにゃむにゃ…ではあったが、日本に持ち帰ったのは純正版の(ただしアップグレード用)ハングルトークであったので、付属の説明書を辞書を引き引き読んで、ついに私のMacは、英語+日本語+韓国語のハイブリッドシステムという、いかにも怪しげなOSで動く、不思議なコンピュータになった。
(実はそれ以外にも、システムの中身をいじってアイコンの見た目を変えたり、さまざまな改造が加わり、クラッシュしないのが不思議なくらい危ういシステムにしてあったのだが、Macは結構柔軟性があると見えて、データを失うなどの不幸な事態には至らなかった)

もっとも、この経緯を引きずっているため、私のMacには今でもちょっとした弱点がある。

この時代に作ったファイルをいくつか開いたり編集したりした後は、システム標準のエディタを立ち上げると、なぜか標準文字入力が韓国語モードになってしまい、文字化けや挙動不審なカーソルの動きなどは再起動するまで元に戻らない。

こんなときは、馬鹿なことに非常な勢力と膨大な時間をつぎ込んだことをちょっと後悔するのである。

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