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耳の形成外科: 小耳症(3)永田先生のこと

小耳症の話をするとき、永田先生の手術を避けては通れないでしょう。永田先生の創る耳は、本当にきれいな形で、細部までよく考えられた立派な作品です。
永田先生の軟骨フレームは耳たぶや耳珠まで丁寧に彫刻されており、芸術作品といってもよいくらいです。その手術も、耳起こしまで含めて大変見事なものです。しかし…

その考え方は、私が最初に習った一色先生の耳つくりとは対極にあるような気がします。うまくいえないのですが、あえてこんな言い方をしてみました。
「確かに耳はすばらしくよくできている。耳を創る手術なのだから、耳が美しく出来上がっていることが一番重要で、そうした意味では最高点を付けてもよい。だが、耳にこだわりすぎるあまり、全体のバランスを見失ってはいないか。耳のためにこれだけの大掛かりな手術を行うことが果たして無条件でよいことなのか。耳は確かに人の見た目にとって必要なものではあるが、考えようによっては、たかが耳ではないか」

永田先生とお会いしたことは一度しかありません。ドイツ留学中に出席したヨーロッパ形成外科学会で招待講演をされたときのことだったと思います。講演自体非常に質の高いものでしたし、質疑応答のとき間違いがあってはいけないとのご配慮からか通訳を付けて日本語で受け答えされていたのも、潔い態度だと感心しました。
そのとき永田先生が「もう僕は日本の学界に未練はない。日本の学界は見捨てた」とおっしゃっていたのをよく覚えています。

ではなぜ、海外でも高い評価を受けている永田先生の手術が、なかなか日本では評価されなかったのか。(もちろん現在ではそんなことはないのでしょうが)

一つには、永田先生が並み居る日本の「小耳症の大家」たちの手術を「永田の手術の足元にも及ばないもの」と切って捨てたからでしょう。新しい術式が考え出されるときは、既存の術式の欠点を除き、より完成度の高いものをめざす訳ですから、こうした「高慢さ」はある程度許されるべきだし、また自分が世界一と思わなければ競争の激しい世界では生き残れないのも事実です。ですが、永田先生の手術が彼の意に反して高い評価を受けなかったのは、永田先生ご自信が嘆いておられたように彼が日本の学界に理解されなかった、のではなく、実は彼が「日本における標準的な小耳症手術の考え方」を理解できなかったからではないでしょうか。

永田先生の手術が欧米で高い評価を受けるのも当然なら、日本で苦労なさったのも当然だと私には思えます。日本の文化においては、耳の形のバリエーションには寛容で、耳は完全な形であることを要求されません。(それが、立ち耳もスタール耳も悪魔の耳といって忌み嫌う欧米との文化的な違いです)

日本ではむしろ「たかが耳」のために体の他の部位を傷つけることには消極的で、もしやむを得ないならできるだけ簡素で侵襲の小さい形で行うべきだとする考え方が主流なのではないでしょうか。(これは他の部分の再建や美容手術にも通ずることです)

もちろん、不完全な手術を受けてそのせいで悩んでおられる方にとっては永田先生は神様のような存在でしょうし、彼のような「耳つくりの職人」の存在こそが、小耳症の手術を発展させるためには必要不可欠であることは確かです。

しかし、彼が日本で長い間不遇であったのは、学会の重鎮たちが不当に彼の業績を無視したからではなく、彼が日本の長い間の伝統的な文化になじめなかったのではないか、という方向から、考察を加えてみました。

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