音楽

音楽と美容の共通点(2)楽器の寿命について

 木工製品に関心のある人なら、切り倒したばかりの新鮮な材木(生木)で作ったものは「狂う(変形する)」ということはご存知だろう。木工製品の原木は、通常何年も寝かされ(乾燥され)その間にねじれたり反ったりひび割れたりした部分を捨てて、「枯れた(形態が安定した)」部分だけを用いて制作される。

 一方で、木の楽器には「寿命がある」とよく言われる。ギターは作られて数年間が最も響きが良いと聞いたことがある。和楽器である琴も、作られて十数年たつと張りのあった響きが徐々に軽くなり、いわゆる「枯れた」楽器になっていくのだそうだ。
 ストラディバリウスのように、制作されて300年も経ってなお「名器」と呼ばれ続けるものもあるが、現存している約650挺の中で現在も素晴らしい音色を奏でつづけているものはそれほど多くはなく、美術館等で保存されているものの多くは「楽器」としての生命を終えて「骨董品」としての位置づけになっているものと思われる。(もちろん、300年間一度も演奏されたことがなく、天才バイオリニスト千住真理子の手に渡って復活した幻の名器デュランティのような例もあることはある)

 木の笛であるリコーダーやフラウト・トラヴェルソなども寿命の長い楽器ではあるが、博物館などに納められて久しい楽器は変形したり収縮したりしており、復元楽器を制作する際に制作された当時のサイズを正確に知ることはなかなか困難であるという。

 こうして様々な楽器についていろいろ調べてみると、どうやら木の楽器は、演奏家の手元におかれて毎日良い音を奏でているとその楽器本来の寿命を全うし、長い間名器であり続けるが、演奏家の手を離れて「美術品」として死蔵されたり展示されてりすると急速に「楽器」としての輝きを失っていくように思われる。

 では、演奏され続けることによって、木の楽器は演奏家から何を受け取るのだろうか。
 楽器は演奏される度に、演奏家の手肌に触れ汗や呼気の水分を吸い、高音から低音まで様々な周波数で周囲の空気を振動させる。ライトを浴び、揺り動かされ、演奏が終われば布で拭かれ、ケースにしまわれる。調律のために部品を回したりねじったりし、そのたびに締め付けられたり緩められたりもする。
 この繰り返しが楽器に生命を与え、日々成長し、寿命をのばすのだろうと思う。

 要素に還元するならば、楽器に長い生命を与える魔法は、日々繰り返される空気の流れ、温度の変化、振動(音)、可動部品の稼働、そして水分と油分の周期的な変化なのではないだろうか。次章以降は、これらについて考察を加えてみることにする。

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音楽と美容の共通点(1)古楽器の手入れ

 少し趣を変えて、しばらく音楽や芸術について考えてみたい。美容に対する考え方との共通点のようなものが感じ取っていただければ幸いである。

 学生時代のことだから、ン十年前になるのだが、ルネサンス時代の音楽に興味を持ち、リコーダーを習っていたことがある。趣味も嵩じてくると「良い楽器=ホンモノ」が欲しくなるわけで、YAMAHAではなくて(いや、YAMAHAのリコーダーも実は大変優れた楽器だが)ヨーロッパで作られた木製の笛が欲しくなった。しかし「ホンモノ」は高いのである。そこへ妹の友人である山城譲氏(現在はチャカバッティオカリナ四重奏団で活躍中)から、オランダで30万円で買ったけど使わなくなった楽器があるから18万円で譲ってもいい、という話があって私はそれを譲り受けることにした。
(その辺の細かな経緯とか楽器の詳細とか書きたいことは沢山あるが、今回のテーマからは外れるので省く)

 で、木の笛である。
 楽器をよく知る友人や先生からくれぐれも言われたことは、楽器は時間をかけて徐々に吹き慣らし、日々の手入れをきちんと行うことによって「良い楽器」に成長していくのであって、上手な吹き手が持てば良い楽器になり、いい加減に扱えばダメな楽器になってしまうということであった。

 嬉しがっていきなり何時間も練習してはいけない、変形したりひび割れて二度と使えなくなってしまう。
 初日は3~5分から初めて、徐々に息を吹き込む時間を増やしていくこと、中音域からはじめて徐々に強い音にしていき、十分に良く響くようになってから音域を広げていくこと。使い終われば分解して柔らかい布で水分を拭き取り、箱に収めてもすぐに蓋を閉めずにしばらく休ませること、楽器を裸のままいきなり戸外に持ち出さないこと、週に一度くらいは亜麻仁油に浸して(オイルバス)その後丁寧に油分を拭き取ること。
 するべきことはたくさんあった。

 当時の私はまだ若く、そうした日々の扱いが楽器を大切にしその性能を十二分に発揮させることだとは理解できたが、良い楽器がそれほどまでにデリケートなのだということについては半信半疑であった。特に、演奏者が良い音を長く響かせているうちに、楽器そのものが良い音に育っていくという点については、なかなか理論的に理解できず、それは愛着とか楽器をいとおしむ心とかいった精神的な部分が演奏者の「音楽する心」に影響を与えるせいではないかと疑っていた。つまり、演奏者が「良い楽器だ」と思い込んで演奏することによって、より細やかでデリケートな部分まで心のこもった、楽器の性能を生かしきった演奏になるのではないかと思っていたのだ。

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